三輪

三輪

現在の桜井市三輪。初瀬川が初瀬谷を抜けて盆地に流れ出る北側一帯の地域。 万葉集では「三輪山」「三輪川」「三輪の檜原」が詠まれている。三輪山は標高 四七六m、御諸(みもろ)山とも呼ばれ、大神神社のご神体である。三輪山の神について、 古事記に「御諸山の上に坐す神」と呼ばれ、大国主神が国作りを行う際のパー トナーとして登場し、「倭の青垣の東の山の上」に(いつ)きまつられる、とある。こ の神は後に「美和(みわ)大物主神(おほものぬしのかみ)」の名称で三嶋の湟咋(みぞくひ)の娘のもとに通い、や がて神武天皇の后となる伊須気余理比売(いすけよりひめ)を生ませている。また崇神天皇の時代 には諸国に疫病を流行ら せ、天皇の夢に「大物主大神」としてあわられ、大 物主大神自身の五世孫となる意富多々泥古(おほたたねこ)に「御諸山に意冨美和之大神を拝祭」 させている

三輪川

初瀬川の三輪山付近での呼び名。

三輪山

桜井市三輪みわにある円錐形の秀麗な山(高さ、467m)。 大物主神おほものぬしのかみの鎮まります山として、 山そのものが大神神社おおみわじんじゃの御神体として信仰の対象であり、 原初の信仰形態を残す。 山内の一木一草に至るまで、神の宿るものとして、 樹木の伐採が一切禁じられている。

三諸・三室

「みもろ」は「神の降り来臨する場所。神をいつまつる樹叢」の意であり、各地にある地名であるが、 万葉ではその多くが三輪みわ山と飛鳥の神奈備山かんなびやまをさしている。

三輪の檜原

三輪みわ山の西北麓にある丘陵地。 丘陵の東端に檜原ひばら神社があり、この地は『日本書紀』じん天皇六年に、 あまてらす大神おほみかみ豊鋤入とよすきいりひめのみことに託けて祭った 笠縫邑かさぬひむらの伝称地といわれる。 集中には「巻向まきむく檜原ひばら」(7・一〇九二)「泊瀬はつせ檜原ひばら」(7・一〇九五)とも見え、 檜原ひばらは、巻向まきむく泊瀬はつせにまで及んでいたことが分かる。


三輪

丹波(たにはの)大女娘子(おほめのをとめ)の歌(三首のうちの一首)

味酒うまさけを 三輪みわの祝が  いはふ杉 れし罪か 君に逢ひがた

(4・七一二)

旋頭歌(せどうか)

御幣(みぬさ)取り 三輪(みわ)(はふり) (いは)ふ杉原 薪伐(たきぎこ)り ほとほとしくに 手斧(てをの)取らえぬ

(7・一四〇三)

赤字、原文「神之()我」・・・「かみの祝が」との異訓あり)

 長屋王ながやのおほきみの歌一首

味酒うまさけ 三輪みわ(はふり)が 山照らす 秋の黄葉もみちの 散らまく惜しも

(8・一五一七)

三輪川

大神大夫おおみわのまへつぎみながとのかみに任ぜらるる時に、三輪みわ川の辺に集ひてうたげする歌二首

 

三諸(みもろ)の 神の()ばせる 泊瀬(はつせ)川  水脈(みを)し絶えずは 我忘れめや

(9・一七七〇)

 おくて 我はや恋ひむ 春霞 たなびく山を 君が越え去なば

(7・一七七一)

 右の二首、古集の中に出でたり

 

川を詠む

ゆふらず かはづ鳴くなる 三輪みわ川の 清き瀬の音を 聞かくし良しも

(10・二二二二)

三輪山

(ぬか)(だの)(おほきみ)、近江国に下る時に作る歌、(ゐの)(への)(おほきみ)(すなは)(こた)ふる歌

味酒うまさけ 三輪みわの山 あをによし 奈良の山の 山のまに い隠るまで 道のくま い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや

(1・一七)

   反歌

三輪(みわ)山を (しか)も隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや

(1・一八)

綜麻形(へそかた)の 林の(さき)の  さ野榛(のはり)の (きぬ)に付くなす  目に付く我が()

(1・一九)

右の一首の歌は、今(かんが)ふるに、(こた)ふる歌に似ず。ただし、旧本にこの次に載せたり。故以に(なほ)し載す。

山を詠む(七首のうちの一首)

三諸(みもろ)つく 三輪(みわ)山見れば こもりくの 泊瀬(はつせ)()(ばら) 思ほゆるかも

(7・一〇九五)

 舎人皇子とねりのみこたてまつる歌(二首のうちの一首)

春山は 散り過ぎぬとも 三輪みわ山は いまだふふめり 君待ちかてに

(9・一六八四)

物に寄せて思ひを陳ぶ

三輪(みわ)の 山下(とよ)み 行く水の 水脈(みを)し絶えずは (のち)も我が妻

(12・三〇一四)

赤字、原文「神山之」・・・「かみ山の」との異訓あり)

三諸・三室

 

山を詠む(七首のうちの二首)
三諸(みもろ)の その山並に 子らが手を  巻向(まきむく)山は ()ぎのよろしも

 (7・一〇九三)

我がころも 色どり染めむ 味酒うまさけ 三室みむろの山は もみちしにけり

(7・一〇九四)

 問答(四組のうちの一組)

(あか)(こま)が 足掻(あが)き速けば 雲居(くもゐ)にも (かく)()かむぞ 袖まけ我妹(わぎも)

 (11・二五一〇)

こもりくの (とよ)泊瀬(はつせ)()は 常滑(とこなめ)の (かしこ)き道そ 恋ふらくはゆめ

(11・二五一一)

味酒(うまさけ)の 三諸(みもろ)の山に 立つ月の 見が()し君が 馬の音そする

 (11・二五一二)

右の三首

 

十市皇女(とほちのひめみこ)の薨ぜし時に、高市(たけちの)皇子(みこの)(みこと)の作らす歌三首

三諸みもろの 三輪みわかむすぎ 已具耳矣自得見監乍共 ねぬぞ多き

(2・一五六)

三輪(みわ)山の 山辺まそ木綿(ゆふ) (みぢか)木綿(ゆふ) かくのみ(から)に 長くと思ひき

(2・一五七)

山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく

(2・一五八)

 紀に曰く、七年戊寅の夏四月、丁亥の朔の癸巳、十市皇女とほちのひめみこ、卒然に病発りて宮の中に薨ず」といふ。

 

大神大夫おおみわのまへつぎみ長門守(ながとのかみ)に任ぜらるる時に、三輪みわ川の辺に集ひてうたげする歌(二首のうちの一首)

三諸(みもろ)の 神の()ばせる 泊瀬(はつせ)川 水脈(みを)し絶えずは 我忘れめや

(9・一七七〇)

 <三輪・飛鳥両説があるもの>

三諸(みもろ)は 人の守る山 本辺には あしび花咲き 末辺には  椿花咲く うらぐはし 山そ 泣く子守る山

(13・三二二二)

右の一首

<三輪と思われるが、生駒竜田神南山かむなびやま説もあるもの> 

見渡(みわた)しの 三室(みむろ)の山の (いわほ)(すげ) ねもころ我は (かた)()ひそする 一に云ふ「三諸(みもろ)の山の (いは)小菅(こすげ)

(11・二四七二)

<三輪山と思われるが飛鳥説・竜田説もあるもの>

内大臣藤原卿、鏡王女かがみのおほきみこたへ贈る歌一首

玉くしげ 三諸(みもろ)の山の さなかづら さ寝ずはつひに ありかつましじ 或本の歌に曰く 玉くしげ 三室(みむろ)()山の

(2・九四)

<どことも定めがたいもの>

 神に寄する

木綿(ゆふ)掛けて 祭る三諸(みもろ)の 神さびて (いは)ふにはあらず 人目多みこそ

(7・一三七七)

物に寄せて思ひを()

祝部はふりらが いつ三諸みもろの まそ鏡 懸けてしのひつ 逢ふ人ごとに

(12・二九八一)

三輪の檜原

葉を詠む

いにしへに ありけむ人も 我がごとか 三輪みわ檜原ひばらに かざし折りけむ

(7・一一一八)

行く川の 過ぎにし人の 手折(たを)らねば うらぶれ立てり 三輪(みわ)檜原(ひばら)

 (7・一一一九)

右の二首、柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそみひとまろひとまろ)が歌集に出づ。