7月24日はブログ記念日

いやあ、ついうっかりしてしまった・・・

昨日は、7月24日・・・このブログが産声を上げてまるまる8年を過ぎて9年目に入るブログ記念日(こんな名で適切かどうかは別として)であった。

と書いたは去年の7月25日であった。そして・・・今年もまたついうっかりして7月25日になってふとこの日のことを思い出した。昨日・・・2017年7月24日は、このブログが生まれて9年が過ぎ、新たに10年目を迎える・・・そんな日であった。

10年目に突入することをもって、これを10周年と見る向きもあれば、いやいやまるまる10年を迎え11年目に入るその日を10周年であるのだと見る向きもある。調べてみるとどうやら後者が正しいらしいが、かといって前者も誤りとは言えないらしく、おのおのがそれぞれの便宜に合わせて使い分けている・・・というのが実情らしい。私としては実年が9年しかないのに10周年を語るのはどうにも気が引ける・・・やはり私としては来年のこの日を10周年としたい気がする(まあ、それまで続いていればの話ではあるが)。

ともあれ、去年のこの日はどんなことが気にかかって上に示した一文(2016年7月25日記事)に続く部分をちょいと読み返してみた。

するとその前年(2015年)の7月24日の記事を引用して、こんなことが書いてあった。

振り返ってみればそんなには長くは感じない歳月ではあったが、時代は激変しこの国にはかなりきな臭い雰囲気が漂い始めている。しかもその雰囲気がきな臭いと感じない方々も増えているように見受けられる(こっちの方が問題だよね)。私のような考えの持ち主がこうやって思いを公にすることに、ひょっとしたら圧力がかかってくるような時代がそこまで来ているのかも知れない。 そんな心配が杞憂に終わってくれることを願っている。

今、周囲を見渡した時、杞憂が杞憂で済まなくなってきている・・・そんな気がしてならないのは、私だけであろうか・・・。この国の空気は確かに変わってきている。見方によれば、それは一部の権力者によって変えられているとも言えなくはないが、その一部の者に力を与えているのは、この国の空気そのものであることは否めない。「戦争が廊下の奥に立つてゐた」(渡辺白泉)なんて句が、現実味を以て感じられるようになってきた。

1段下がっている部分が一昨年の書いたものであり、「今、周囲・・・」以降の部分が去年書いたものである。だいぶきな臭いことを書いている。そして・・・今・・・確かに風向きはだいぶ変わりつつある(この後、その風がどちらに向いて吹くことになるのか判然とはしていないが)。けれども、「彼ら」によって定められた「法」は、「法」としてこの国に厳然と存在している。そして「一部の者(彼ら)に力を与えている・・・この国の空気」は、さほど変わってはいないように思う。懸念される状況は何一つ変わらない。私の感じるきな臭さと息苦しさは何一つ変わってはいない。

とはいえ、こんなことを書いていられるのだから、まだましだと思いつつ・・・少なくともこの程度の言いたいことが自由に言えるこの国であって欲しいと思う(あくまでも最低限だよ)。

はてさて・・・来年のこの日、私たちはどんな社会を見ているであろうか?