お散歩・・・4・14

まことに清々しい朝である・・・ということで、今週もお散歩の報告を一つ。コースはお決まりの、大神神社→狭井神社→久延彦神社、そして最後に若宮神社である

我が家の裏手から、山辺の道のほとりにある平等寺へと上る坂道ももはや終わろうとしているその路地に・・・

 

野ばらである。万葉集の巻二十の4352に

道のうまらうれほ豆のからまる君をはかれか行かむ

道のほとりのいばらの先に豆のつるがからみつくように、私にからみついて離れようとなさらない君と、別れて行かなくてはならないのか。

「うまら」は「うばら・いばら」でありバラの呼名。まあ、そんな時代のバラは我々が知るバラではなく、写真のようなものではなかったかなと思う。

だんだんと大神神社に地下づく。先週と同じように拝殿の手前にある神宝かんだから神社の方に入ってゆく。すると・・・

銀竜草はますます幅を利かせ、花盛りといった感であった。事実、先週訪れた時に、この銀龍草は神宝神社の周辺でしか見かけなかったが、今週は拝殿から狭井神社へと続く道の三輪山側の斜面でも見かけたし、狭井神社の周辺では数え切れないほどの群落が形成されていた。

季節は着実に進んでいるのである。

とはいえまだ桜も楽しめる季節ではある。

狭井神社から展望台に歩みを進めると八重咲の桜が幾本か、その花びらの重みを必死で支えているかのように咲き誇っていた。「重みを必死で支えている」とはいかにも大げさであるが、その言葉にふさわしいほどびっしりと咲き誇る花弁の一塊は重量感に満ちていた。

最後に・・・せっかく展望台まで来たのだから、眺望を一つ。

三輪山は冬の間の沈んだ暗緑色から少しずつ明るさを取り戻し始めている。あとひと月もすれば、明るい緑のモザイクに全山が覆われるようになるのかと思う。

振り返って大和盆地。

毎度、変わり映えのない大和三山で恐れ入るが、そんな風景でさえ季節の進行は如実に感じることが出来る。

そうそう・・・これはおまけであるが、我が家もそろそろ花盛りとなってきた。今度こそ最後の最後で、それらをご披露したいと思う。