萬葉一日旅行・・・2018  その5

今回が、今年の万葉学会主催一日旅行のレポートの5回目である。この催しがあってから、もう一月以上になるが、今回で全行程の半分ということで・・・いつまでもこの企画を引っ張れない以上、少々急がねばと焦っている。

前回は束明神古墳。天武天皇の皇子、草壁皇子の御墓と見られている古墳であった。万葉集とはかかわり薄からざる人物の御墓とて、ご説明に当たったK先生のお話しにも熱がこもっていたし、聞く側だって・・・

ということで今回の目的地はキトラ古墳。東へ、東へと向かう。

再び、紀路を越える。途中、観覚寺遺跡の前を通過。ここまで・・・束明神古墳から30分というところかと思う。

観覚寺遺跡は、高取町大字観覚寺に所在する飛鳥時代の集落跡で、平成16年の高取町教育委員会の調査において、石組みのオンドルを備えた朝鮮半島系の特殊な構造の「大壁建物」と呼ばれる建物跡が出土され、7世紀前半の渡来系・・・東漢やまとのあや氏の居住地であったとの可能性が高いとされた。

オンドルを伴った建物跡は近くにある清水谷遺跡でも見ることができ、高取町のこの一帯が渡来人が集住していた地域であることを思わせる。

さてそこからさらに東へ10分(もたっていないか)。前方にいよいよキトラ古墳が見えてくる。

そして・・・もうちょっと近づいて正面からの一枚・・・

まあ、こっちが正面なのかどうか、本当のところはわからない。ご覧の通りきれいに整備されている。他の参加者の方々の中には、かなり以前からこの古墳に訪れていた方もいらっしゃって、そんな方々は口々に「こんなにきれいにされちゃって・・・昔の整備されていないときの方が、趣があってよかったなあ・・・」なんて言葉を口になさっていた。

私としては・・・それは「見る側の感覚」であろうと思う。中に葬られている方の立場に立てば、きれいに整備されていた方がいいんじゃないか・・・なんて思ったりもする。ただし、このキトラ古墳はその石室内の壁画で世に知られているため、その壁画に関わっての展示館がこの裏にある。すなわち、これもまた「見る側の感覚」であり、その立場にたっての整備になっているように思う。

萬葉一日旅行・・・2018  その5” への4件のフィードバック

  1.  古墳巡り、近鉄線の西側は、以前、岩屋山古墳→牽牛子塚古墳→鑵子塚古墳→マルコ山古墳→春日神社・束明神古墳→真弓丘陵というコースで廻ったことがありました。今回の萬葉一日旅行とは逆コースですね。

     自転車で行きましたので、しばしば自転車を駐めて、その先は徒歩で進むことが多かったです。

     キトラ古墳はきれいに整備されたのですね。

     ずいぶん長い間行っていません。私が行ったときは、保存のための覆い屋に前面が覆われていて、古墳とは気づかずにその前をうっかり素通りしてしまいました。

     「昔の整備されていないときの方」というのは、私が行ったときよりも更に前の状態でしょうかね。

     今度行ってみたいです。

    1. 牽牛子塚古墳の下の方も何か整備していました。公園のようにするようです。
      それに伴い、牽牛子塚古墳もきれいにするそうです。

      それがいいことなのかわるいことなのか私には判断できませんが・・・

      今回のこの古墳回りのようなコースはI代表が希望して、それに応じてK先生がお組になられたようです。

  2.  牽牛子塚古墳は斉明天皇陵の可能性がかなり高そうですね。
     天皇陵とおぼしき古墳を自由に見学できるというのは稀有なことで、ありがたいことです。
     付近に、大田皇女の墓らしきものも見つかっていましたよね。それも併せて整備してもらえると、万葉旅行には欠かせないポイントになりますね。

    1. 状況証拠にしかなりませんが・・・斉明天皇陵の可能性は本当にかなりの可能性でしょうね。
      「大田皇女の墓」ってのもありますしねえ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください