韮の花が咲いたよ

先日、玉村の源さんのブログ「まほろぐ」において韮の花が写真にて紹介されていた。そこで思い出したのが我が家の裏庭の一群れの韮。「そうか・・・もうそんな季節なんだな」と思い出しさっそく見に行った(「見に行った」というほど広い家ではない。ようは、単に見過ごしていただけである)。

咲いている・・・咲いている。

少々行儀悪く、フェンスからはみ出し道側に花を咲かせている。韮はご存知のように香りの強い植物ではあるが、花は御覧のように可憐、清楚の二語に尽きる。

この場所に植えた覚えはない。何処からか種が飛んできて勝手にここに居場所を定めたのだ。いつ頃のことであったか記憶が定かではないが、生え出してからの数年は結構立派な葉を茂らせていたので、時々わが家の夕飯(朝飯に韮は・・・ちょっとね)をにぎわすことがあったが、ここ数年は葉が細くなり、すっかり筋張ってきて、どうにも食用には向かなくなってきた(それと香りも弱くなってきたような・・・)。あのように栄養価の高い植物であるから、きっと土中の養分を多く使うのだろうか・・・そして、肥料もやらずにほったらかしにしたものだから、きっと土がやせてきたんだろうなと思っている。

ところで・・・韮は古くからこの国の人々の舌を喜ばせてきた。

万葉集には

きはつくの岡の茎韮くくみら我摘めどにも満たなふなと摘まさね

きはつくの丘の茎韮を私はせっせと摘んでいるのに、ちっともいっぱいにならないわ・・・それならあんたのいい人と一緒に積みなさいよ・・・

万葉集巻14・3444

とあり、古事記には

みつみつし 久米くめ子等こらが 粟生あはふには 臭韮かみら一本ひともと そねが本 そね繋ぎて 撃ちてし止まむ

久米部の者たちの粟畑には 臭いニラが一本生えている。それの根から芽まで繋いで抜き取ってしまうように、(敵を一繋ぎにして)撃ってしまうぞ)

神武天皇即位前

とでている。

「茎韮(原文『久君美良』)」「臭韮(原文『賀美良』)」がそれである。後の方の歌は少々物騒な内容であるが、しかたない。神武天皇が九州から大和に攻め込み、古くから大和に住んでいた豪族たちを制圧しようとしている最中の歌なんだから・・・

日本書紀では同じ場面にほぼ同様の歌が載せられてあり、ただしこちらは原文「介瀰羅」となっている。

また正倉院文書(天平宝宇八年(764 年)吉祥悔過所銭用帳三月三十日)にも「七文 毛彌良 七巴」との表記が見られる。

「くくみら」「かみら」「けみら」の3語が私の目に入った例であるが、「くく」は恐らく「茎」、「か」は「香」を意味するのだそうだ。「けみら」の「け」の方はどうにもわからなかったが、共通する部分は「みら」で、どうやらこれが「にら」の変化したらしい。「みら」が「にら」へと変化したのはどうやら平安中期と見られているが、このあたりについては私が調べたわけではないから自信をもって断言するわけにはいかない。ただ、興味があってほんの少しだけ調べを入れて見ると森田潤司という先生の「食べ物の名数(4)葷菜類の名数」(同志社女子大学生活科学Vol . 47, 52~79〔2013〕)なんて論文を見つけ、非常に勉強させていただいた。どうやら生活科学関係の御論であるようだが、日ごろこの手の研究はあんまり目にすることがないのでまことに興味深かった。