卒業論文を書いていたころ  (その2)

・・・それは、大学の3年生(関西の場合3回生ということが多い)の正月を迎えようという頃、私が人並みに卒業論文というものを意識し始めた頃であった。むろん、卒業論文というものを書かなければならないということは、それこそ大学に入る前から知ってはいたし、どんなに苦労してそれを仕上げているかは先輩方の姿を見てよく知っていた。そして、そのための準備はそれまである程度はしていたつもりではあった。

が、具体的な圧力となって我が前に迫ってきたのは、この頃であったということだ。他の大学ではよく見られる「ゼミ」という制度は我が母校には存在しなかった。輪講会と呼ばれる研究会はあったが、これは卒業論文を意識したものではなく、あくまでも自主的な組織であり、個々の卒業論文とは関わり無しに運営されるのが常であった。無論、その活動の中から卒業論文のテーマを見つける学生がほとんどではあったが、輪講会に所属している学生がすべてというわけでなかったし、自らが属した輪講会の分野から離れたところに、卒業論文のテーマを見つける学生も少なくはなかった。したがって、卒業論文を書こうとする学生は3年生の冬のころには、自ら書こうとするテーマを探し、ある程度の方向性を見定めた上でそのテーマにふさわしい先生の研究室を訪れなければならなかった。そして・・・私は所属した萬葉輪講会でご指導をいただいていたM先生の元に、自らが定めた卒業論文のテーマを持っていった。

諸先輩のお話を聞くと、「こんなものが論文になるか・・・」と何度も突き返されることも少なくはないと聞いていた。M先生はとても穏やかでやさしい先生でいらっしゃっるのでそんなことはないとも聞いていたが、そこはそれ、私のことだからそんなM先生さえも怒らせてはしまわないかと、本当におそるおそる先生の研究室のドアをノックした。

けれども、M先生は雲をつかむような私の話を、実に真剣に聞いて下さり、そしてそのテーマを曲がりなりにも論文らしきものに仕上げるための手順を懇切に教えて下さった。そしておっしゃた。「実際に書き始めるのは、そんなに急ぐ必要はありませんよ。まずは必要な用例と資料を集めて下さい。」と。

ただ、穏やかでやさしいことと学問を追求する姿勢とは別の話ではある。私は万葉集の題詞や左注に用いられているとある2字の熟語が気になって、その熟語を中心にした論(論というのも恥ずかしい限りであるが)を組み立ててゆこうとしていたのだが、先生はさりげなく「じゃあ、この熟語が中国ではどんなふうに使われているかを調べないとね・・・まあ、奈良時代までのものにひととおりあたってみてください。」とおっしゃられた。

・・・「ひととおり?」・・・その一言が私の心に深く突き刺さった。「ひととおり」を辞書で引くと「はじめから終わりまでざっと。ひとわたり。ひとあたり。あらまし。大体。」と説明してあるのが一般的であるが、「ざっと。ひとわたり。ひとあたり。あらまし。大体。」と言った時、その範囲はまことにあいまいで、どの程度が「ざっと。ひとわたり。ひとあたり。あらまし。大体。」なのかよくわからない。そして・・・わが師が「ひととおりあたってみてください。」と言った時、それはその語の最も厳しい意味での「ざっと。ひとわたり。ひとあたり。あらまし。大体。」と、その頃の私は受け取っていた。

その翌日から私は、朝9時から夕6時までのほとんどの時間を天理図書館で過ごすことになった。